■ スエズ運河コンテナ船座礁事故 船主である正栄汽船に巨額の損害賠償か
2021年4月7日
スエズ運河に於いて座礁したEVERGREENの運航するコンテナ船は、3月29日午後10時過ぎ離礁に成功した。6日間で400隻以上の船が航行に影響を受けており、損害賠償額と責任の所在に注目が集まっている。
スエズ運河庁のラビア長官は、座礁は「技術的問題や人的ミスの可能性がある」との見解を示した。座礁前日には液化天然ガス(LNG)を積んだカタールからのタンカーが強風のため通航を断念。しかし、エバーギブンは強行したほか、すぐ前を航行していた2隻が使用したえい航船も投入しなかったという。
強風を事前に予知できたか、錨を下ろしていれば座礁しなかった可能性など「予見可能性」と「結果回避可能性」を考慮して、船長の過失が問われる事になりそうだ。
スエズ運河を通行する船舶は船の大きさによって一回あたり3,000万円近い通行料をエジプトの政府機関(SCA)に支払う。1日の通行船舶は50隻以上で損害額は1日あたり約16億円、総額1100億円以上の損害額(機会損失)になる見込みだ。運河の通行止めによる経済損失(貨物の遅延、迂回ルートによるコスト増)は1日あたり1兆円を超えるとの試算もある。エジプト当局はこの通航料収入損失に加え、復旧作業や損壊部分の工事費なども合わせて請求する方針で、地元メディアに「船主の責任で賠償してもらう」と明言している。
正栄汽船は船を所有し、ドイツの人材派遣会社からインド人の船員を確保したうえで船会社に貸し付ける傭船契約をEVERGREEN社と結んでいた。 いわば、正栄汽船がレンタカー屋でEVERGREENが借主。運転手を正栄側が用意した様な状況だ。
船主は本船の瑕疵や故障がない限り、操船ミスなど人為的過失があっても国際条約(ヘーグヴィスビールール)によって貨物自体の損失は免責となる。貨物の損害は荷主個別に付保した海上保険でカバーされるものだ。
しかし、座礁に伴うサルベージ費用(救じゅつ作業費)や船舶の修理費用は無過失責任となり船主が負担することが一般的だ。この費用は船主が加盟する船舶保険によってカバーされる。 一方で船舶の修理期間はオフハイヤー条項が適用され、本船が運航できない期間の傭船代金などは支払われない。
一番の焦点は座礁によって発生した運河運営側の機会損失や運河の修繕費用に関わる賠償責任は、船を運行するEVER GREEN社ではなく、船主である正栄汽船が負担することが運河の規定によって定められているという事だ。
今回の損害賠償はLLMC(船主責任制限条約)が適用されれば船主責任限度額の35億~128億円強の賠償請求に収まるだろう。しかし最低でもこの損害金額が船主である正栄汽船に請求される可能性が高い。
同社の経営陣は加入しているP&I保険(船主責任保険)によってカバーされ、同社の経営に影響はないと説明しているが。。あまりの巨額損失にどこまでが保険の補償対象となるのか。
この座礁事故で有名となった正栄海運は社員数29人の中小企業だ。愛媛県には船を建造し運行会社に貸し付ける船舶オーナー会社が多く、「エヒメオーナー」と呼ばれる。愛媛船主全体の総保有数は1000隻以上で総資産価値は2兆円を超え、日本の外航船の3割相当を所有している。驚くべきことにその愛媛船主の殆どが家族経営の中小企業だという。