■ インド原紙の購入を止めた中国② インドが原紙を安く販売できなくなった理由
インドの製紙企業がコスト高となった背景には、立地的条件や輸入古紙と石炭への依存度が高い事が上げられる。 インドの古紙回収率は30%前後で、ごみの分別や古紙の回収は行われてない。行政回収自体が2019年に始まったばかりだ。 Swacch Bharat「スワッハ・バーラト」という政策が14年から始められ、第1フェーズ(2014~19年)は野外排泄をなくす事を目標に約9000万カ所の公衆トイレが国の補助金で建設された。第2フェーズ(2019年~23年)は固形、液体都市型廃棄物の管理回収を目的とし、全国83,000区の戸別回収システムを構築するとしている。この戸別回収に於いても、乾燥ゴミと湿ったゴミ(生ごみ)を分けるだけとなっており、全てのゴミが焼却場や埋め立て場に持ち込まれる。 古紙の回収はウエストピッカーと言われ人々が、回収されたゴミの中から古紙を選別し、古紙ヤードや製紙会社に持ち込む仕組みに支えられている。ウエストピッカーはカーストの中でダリット「不可触民」と言われる最下層の人々が携わっている職業で、全土で約150万人(人口の1%)が資源ごみを分別し生計を立てている。
国内古紙回収量の少ないインドにとって、輸入古紙価格が上昇する事は、どの国よりも大きなコスト負担となる。 しかし古紙市況はインドにとって逆風の連続だった。 インドは東南アジア各国が品質の悪いMIX古紙を輸入できることがコスト競争力につながっており、19年までは輸入古紙の9割以上がMIX古紙だった。 ところが19年8月にインド政府が輸入ゴミの管理を強化するとして、MIX古紙のコンタミを1%未満に規制する法案を発表した。抜き打ち税関検査の結果1,000コンテナ中300コンテナに違反が見つかり、製紙企業は安価なA-MIX古紙からOCCにシフトせざるを得なくなった。
またインド国内に於いても通販需要の拡大によって、段ボールの利用が小売店から家庭へシフトし回収が困難となった事はますます輸入OCCへの依存度を高める事となった。 さらに22年2月にインド政府は製紙原料として輸入される古紙に対して2.5%の関税を課すことを決定した。従来、製紙企業の直接輸入する古紙に関税は賦課されていなかったが、古紙輸入量の増加に伴い関税を徴収する事が決定された。
古紙の発生地や、原紙の仕向け先からも遠いという立地条件も競争力を削ぐコスト増加要因となっている。 新型肺炎の影響で海上運賃が高騰した事で欧州-インド間の海上運賃は1コンテナあたり1,600㌦(74㌦/t)から3,600㌦(160㌦/t)まで値上がりした。日本から東南アジア向け海上運賃の1,000~1,700㌦に対し2,000㌦以上高い上に、船足が1~2ヶ月以上かかるため需給の変化に柔軟に対応する事が難しい。欧州の次に近い豪州からの運賃は8,000㌦を超え輸入が実質不可能な状況で、20年下半期以降は新型肺炎により欧州古紙の回収量が減少したため輸入古紙価格が急高騰した。 また21年11月には欧州古紙レギュレーション改定時の事務的ミスによってインド向け輸出が半年近く規制された際も、古紙不足が深刻化しAOCCにとんでもない価格をつけて調達せざるを得ない状況だった。 様々な事情が重なり、インド製紙企業の古紙調達コストはアジアで最も高くなった。
また、中国向け原紙輸出に掛かる海上運賃も他国と比較して割高となっている。 インドから中国向け海上運賃はベースレート$500とLTHC 15,000 INR($188)で、マレーからの100㌦+710 MR($160)や台湾からの80+7,000 NTD($231)と比較しても㌧あたり10~20㌦程度負担が大きい。
製造コスト面では、石炭依存度が高い事や設備のエネルギー交換効率が低い事が足枷となっている。 インドの火力発電所の多くがその燃料に石炭を利用しており、エネルギー原料に占める石炭依存度は56%で世界平均の27%と比較しても非常に高い。IMMCA(インド段ボール製造協会)によるとインド製紙企業の石炭ボイラーは発電効率が悪く、自家発電の場合1tの紙を造るために1tの石炭を使い、電力を買っている場合でも間接的に㌧当たり450~500kgの石炭を消費しているという。 昨今の石炭価格の高騰で日本に於いても石炭使用比率の高い製紙企業は割を食っているが、インドではほぼ全ての製紙会社が石炭に依存している。
20年上半期のインド産中芯の中国向け輸出平均価格はCIF CHINA 303㌦、最も安かった5月の価格は290㌦を下回った。 当時のアジア平均価格が350~370㌦であった事を考えるとかなり割安感があり、中国はインドへ再生パルプなどの生産も委託した。 またOCC国際相場は100㌦以下で推移し、石炭価格も㌧当たり$80前後であった為製造コストもかなり安かったと言える。
しかし、新型肺炎の流行により古紙価格や海上運賃が高騰。 インド中芯原紙はCIF 500㌦近くまで価格が上昇したため価格メリットは薄まり、中国のインド離れが進んだ。 とどめを刺したのはウクライナ戦争によって石炭価格が暴騰している中、中国向け段原紙輸出価格が都市封鎖による需要悪化と元安の影響を受け軟化し、全く採算が合わなくなった事だ。 今のインド製紙企業の輸出事業を支えているのは、CIF $600を超え比較的価格が高いスリランカやバングラ、アラブ諸国への輸出のみで、競争力を失ったインド企業は古紙価格への下げ圧力を強めている。